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鈴木 譲 (すずきじょう)


大阪大学 大学院理学研究科
 数学専攻 実験数学講座

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(2000年11月、ハワイでの学会発表の直後、海岸でくつろぐ。
バックは、ワイキキのロイアル ハワイアン ホテル)
(最新ニュース) (2006年3月卒業修士論文)

2004年秋のメッセージ: 恥をかくことを恐れていては、修行にならない

先日、大学院博士課程に進学を考えている学生から「先生はどうして博士課程に進んで、研究者になったのですか」と聞かれた。 私は正直に「格好いいから研究者になった」といった。自分で没頭して出てきた結果を、学会で大勢の前で 誇らしげに発表すること、あるいは他人が発表する結果をコメントすることなど、快感でならなかった。 また、学会発表は、自分を宣伝するところだから、職を探すところだから、言動には気をつけるようにと 当時の恩師からも指導を受けた。格好よくなければ、研究ではないと思い込んでいたかもしれない。 恥をかくことだけは、極力避けていた。ただ、それは10年も20年も前の話で、現在は、この格好よさというものは、 最初から求めるものではないと考えている。

1995年の初夏だったと思う。電総研(現在の産総研)の麻生さんがリアル・ワールド・コンピューティング とプロジェクトのワーキンググループの研究会に、私を講師として呼んで頂いたことがあった。秋葉原にある 会場に行くと、麻生氏の他、川端(電通大)、佐藤健(北大、現NII)、竹内(NEC)、樺島(奈良女、現東工大)、本村(電総研、現産総研)など現在の情報論的学習理論の 中心的(当時若手の)メンバーが座っていた。私の演題は「ベイジアンネットワークの構造 学習」で、当時としてはベイジアンネットワークで論文を書いていたのは私しかいなかった。私が話し始めると、 少し太った男が初歩的なこと(恥ずかしくて聞けないこと)を非常にたくさん聞いてきて、私は予定の時間内に話 すべきことを終えられないかもしれないと思い、少し感情的になった。この男は大した研究者ではないと。

1995年の秋から、電気通信普及財団からの費用で、1年半もの間Stanford大学のCover教授の下で 研究する機会を得た。それ以前から、海外での学会発表はよく行っていたが、米国の大学の 講義を覗いたのは、初めてであった。75分の講義なら75回、50分の講義ならば50回も学生が 質問していた。それもよくよく聞いてみると、初歩的な質問ばかりで、講義を中断して 聞くまでもないものばかりであった。当時の私の価値観では、「格好悪い」行為であった。 彼らは、どんなにくだらないことでも疑問点を放置することに対しては罪の意識があ るようだった。

話は若干それるが、 最近はあまり行かなくなったが、 Stanford大学から帰ってきてから、月に2回程度、 京都にある妙心寺という禅寺で泊りがけで座りに行く習慣がついていた。 30分も座れば足が痛くて座を崩したくなるが、棒を持った和尚さんが 数人歩きながら監視している。少しでも呼吸が乱れるようなことがあれば、 寝るのも辛いほど背中を打たれる。座るだけではない、朝食もタクワンを 音を立てて食べれば皆の前で怒鳴られる。問答はというと、老師から 「理屈にこだわりすぎだ」と怒鳴られる。ただ、座禅の時間が終わると、 和尚さんは非常にやさしい。何回も通うようになって、 座禅は、恥をかくためにあると解釈してもよいと考えるようになった。 そして、どんなに恥をかいても最後まで学びぬくという、積極的な姿勢が 重要なのだ、と悟った(禅の悟りはこんなに甘いものではない)。

その悟りで、米国の大学生が講義でなぜそんなにたくさん質問するかもわかった (ような気持ちになった)。また、秋葉原で私に質問しまくった少し太った人はどうかと言うと、 1990年代後半から、学習の対象となるパラメータ空間が特異である場合にStochastic Complexityが真に 小さくなると言う独自の理論を展開している。この研究の重要性に気がついている人は 少ないが、停滞気味の機械学習理論に新しい方向を与えているということで、非常に貢献度の高い仕事だ。 私自身、学ぶ際に格好よさにこだわる、というのが間違いであることが実によくわかった。 しかも、そんな間違った態度で長い年月の間、学生や若い研究者に接していたことを悔いた。

部屋にくる学生で一番多い質問は、次回のゼミの発表の疑問点である。 一部だけならよいが、小さい疑問点も何も全部を解消しようとしてくる。 それも全部悪いと言うわけではないが、ゼミで皆の前で恥をかかないことを 狙いとしているフシがあったので、怒ったことがある。学ぶことは修行である。 恥をかくことを恐れていては、修行にならないと。


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