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小林昭七先生を偲ぶ会 開会の挨拶




ご紹介ありがとうございます。坪井俊と申します。

東京大学大学院数理科学研究科長として、小林昭七先生を偲ぶ会の最初にご挨拶申し上げます。

まず、小林昭七先生記念シンポジウムでご講演いただいた皆様とご出席いただいた皆様に感謝いたします。 皆様のご参加のおかげでシンポジウムは盛会に終わり、非常に有意義なシンポジウムとして記憶に残るものになったと存じます。


記念シンポジウムのご挨拶でも申し上げたことですが、小林昭七先生は東京大学理学部数学科を卒業された私どもの同窓生です。 大学院に進まれて、フランスそしてアメリカ合衆国に行かれ、1962年にバークレーに落ち着かれました。 その後ずっと、数学、特に幾何学を指導してこられました。

小林先生は主に外国で活躍されたわけですが、日本の数学コミュニティーに多大な貢献をされました。 日本人の数学者が、ベテランの方も、若手も、バークレーを訪れましたが、いつでも小林昭七先生と先生のご家族に温かく迎え入れていただきました。 先生はしばしば日本に来られ、日本の多くの大学を訪ねられて講演をされ、私たちに良い数学とはどういうものかを示して下さいました。 また、日本語で多くの本を書かれ、多くの人々を数学の世界へいざなって下さいました。 日本の学生や若い研究者に世界的な数学者になるためにはどうすべきかを示してくださいました。 小林先生がされたこれらすべてのことを考え、我々は先生への感謝の気持ちで一杯です。


記念シンポジウムのご挨拶のときに、数理科学研究科へ小林昭七先生が重要な貢献をされたこととして、1994年の外部評価のことをお話ししました。 数理科学研究科は、1992年に理学部と教養学部のそれぞれにあった数学教室を合併する形で設立されました。 1994年にはこの数理科学研究科棟は建築中でした。 このコモンルームは1992年に数理科学研究科棟の建設を考え始めた時からフロアプランにあったものです。

プリンストンやバークレーや外国の他の数学教室に滞在したことのある数学教室のメンバーは、みんなが数学のアイデアを交換し合うコモンルームが数学コミュニティーには必要であることを知っていました。 しかし、その当時は、教室でも実験室でもないコモンルームが必要であることは、事務当局には理解できないことでした。 私たちはコモンルームが必要であるという証拠を見せなければいけなかったのです。 小林昭七先生はこの時も我々を助けてくださいました。 ある意味で、このコモンルームから小林昭七先生が残された数学の精神が感じられると思います。


この小林昭七先生を偲ぶ会には遠路はるばるご家族の方々、ご友人の方々が来てくださっています。誠にありがとうございます。 おかげさまでこの夕べは、小林昭七先生に深く感謝しながら、数学についてだけではなく、人生の様々な出来事について話ができることになりました。 この偲ぶ会では、皆様がコモンルームの雰囲気を満喫されることを祈っております。


ご清聴ありがとうございました。