離散構造学講座

大山 陽介(おおやま ようすけ)

1. 私の研究

本人 「完全積分可能系」を中心とした非線型の方程式について研究しています。完全積分可能系、 あるいは簡単に可積分系といわれる微分方程式は、学部の数学や物理でははっきりとは教えられていません が、簡単な例として、太陽の周りの惑星の運動や(重心を固定した)剛体の運動を表す方程式などが あります。こうした解を完全に求めることができる(非線型)微分方程式を可積分系と言います。

一般の微分方程式で厳密解が求まるものはむしろ限られてますので、可積分系というと 特別な話のように思う人も多いかもしれません。しかし、方程式に対称性がある場合は 厳密解が求まることが多く、可積分な方程式は数理科学できわめて重要な意味を持ちます。 現代数学では可積分系がさまざまな分野の中で現れており、はっきりした定義がある対象と いうよりは、ある種の思想を表すものになっているといえるでしょう。

可積分系が現代数学の中でクローズアップされるようになったのは、1960年代以降ソリトン方程式と 呼ばれる、非線型波動の方程式の一群が研究されてからです。一方で、格子模型や場の量子論で 現れる相関函数がパンルヴェ方程式を満たすことが70年代以降に発見され、 ソリトン方程式とは異なるパンルヴェ方程式も、解を求めることはできないけれども広い意味で 可積分的な方程式として認識されるようになってきました。こうしたソリトン方程式やパンルヴェ方程式は、 超幾何方程式やベッセル方程式などの古典的な特殊函数をさらに一般化した、 「現代の特殊函数」と考えることができます。こうした可積分系の研究は、 70年代以降、日本が世界をリードしてきた得意分野の一つです。

2. パンルヴェ方程式

私が現在もっとも強い関心を持っているのがパンルヴェ方程式です。

パリのパンルヴェ広場 パンルヴェ方程式はもともとは今から100年程前にフランスの数学者パンルヴェが「動く特異点を持たない微分方程式」の分類をして見つけたものです。こうした純粋数学の思考の中から発見されたものが数理物理で応用例が見つかるまで60年以上を要しています。その間にパンルヴェ自身が政治家になってしまった(1917年、25年の2回、フランスの首相をつとめた)こともあって、20世紀半ばにはパンルヴェ方程式の研究そのものは廃れてしまいました。しかしながら、1973年に格子模型の研究に応用されるようになると、相次いで数々の応用が見つかり、今では場の量子論の研究など、数理物理学の最先端の研究には欠かせない方程式の一つになってきています。特に、ここ10年ほど爆発的に研究が進んでおり、解析的な手法だけでなく、代数学、幾何学などからもさまざまな道具が研究に使われるようになっています。また、逆に、確率論、整数論、微分幾何など数学の中でも多くの分野に応用されています。数学が世の中に役立つにはとてもとても長い年月が必要になることがあるという一例になっています。写真はパリにあるパンルヴェ広場です。

パンルヴェ方程式の現代的研究には、いろいろな道具をたくさん学ばなければいけない難しさもある反面、研究をはじめるのにいろいろな登り口があって、自分の得意なところから研究に入れるという一面もあります。ある入り口から入って別の出口に出て行くこともできる、数学の結節点ともいえる分野になっています。こうした相互作用が、パンルヴェ方程式を研究する楽しさでもあります。

パンルヴェ方程式のほとんどの解は、既知の函数を使って表すことのできない超越的な函数です。e やπが超越数であるのと同じようにパンルヴェ函数も超越函数であり、その証明はようやく20年ほど前にできました。パンルヴェ函数の中には、既知函数で表すことのできる「特殊解」も存在します。この特殊解を調べることで、パンルヴェ方程式自身についても、よく理解できるようになります。

Painleve V の特殊解

私は、この「特殊解」の定義を考え直すことを最近のテーマとしています。函数が既知であるとは、どういうことなのか、超越的とはどういう意味なのか、ということを問い詰めることが「特殊解」の研究においては大切です。数学の研究は、与えられた問題を解くだけではなく、問題の意味を考えることのほうが大切であり、場合によっては、適切な設問を与えられれば、証明のほうが簡単だったりします。

従来、「特殊解」の定義は微分ガロア理論を用いた代数的な手法でなされました。これをもう少し解析的な手法で与えられないか、というのが私の今のテーマです。

1903年にライト兄弟がはじめて飛行機で空を飛んでから100年がたちました。実は、パンルヴェはライト兄弟の兄ウィルバーが1908年に渡仏したさいに、ウィルバーの乗客として1時間ほど空を飛びました。その後、パンルヴェは1909年に設立された世界初の航空力学教室で流体力学の講義を行ったり、1930年に航空省を設立してその初代大臣にもなりました。そうした100年前の努力が、コンコルドに代表される今のフランスの航空産業の基盤になったと思います。数学者の努力は、遠い未来に空に向かって羽ばたくものであり、思いもよらぬ成果につながることがしばしばです。

3.大学院では

大学院では、セミナー形式が中心になります。学部時代でもセミナーを行ったと思いますが、大学院では学生数が少ないので、私がこれまで担当した院生は1対1で接してきました。一冊の数学の本を毎週読んできて、前で2,3時間話すことはたいへんな努力と忍耐が必要です。本の内容を完全に理解して、誤植を直しつつ、証明の隙間を埋め、さらには分からないことがあれば、別の本で調べなければいけません。

数学の本の多くでは、証明の一部を「自明」という言葉で省略しています。しかし、その「自明」を埋めることは時として専門家であっても長い時間がかかることがあります。セミナーの前には、必ず証明を全て埋めるようにしましょう。また、わからない言葉・定理があれば、それを調べてきましょう。数学では「完全に理解した」と「なんとなくわかった」の間は決定的な違いがあります。「なんとなくわかった」は「わかっていない」と同じことです。

学生のセミナーでは、得てしてわかるまで無制限に時間を使って、できるまでやることが多いようです。しかし、1対1のセミナーであっても、人前でしゃべる以上は時間配分を考えて話すようにしましょう。与えられた時間で、自分がどこまでしゃべれるか、それを身につけるのもセミナーの目的です。もっとも、そこまで考えて準備した上で、それでもセミナー中に突っ込まれて答えられなくなってセミナーが長引くのが普通だろうと思います。また、説明はわかりやすくポイントを押さえたものでなければなりません。大学に限らず、日本の学校ではプレゼンテーションの訓練があまりなされていませんが、数学のセミナーは正しいプレゼンテーションを身につける最適の方法の一つです。

4.大学院にはいる前に

大学時代にたくさんの知識を得ることは必ずしも必要ではありません。しかし、学部時代に勉強したいくつかのことを「よく理解している」ことが必要です。修士課程で私のところで研究したい方は、学部の間に次のようなことを必ず勉強しておいて下さい。 以上のことは、情報基礎数学専攻へ進学する人なら私のところ以外に来る場合でも、もっと言えば数理科学をもっと研究していきたいと思う人なら、勉強しておく必要があるでしょう。

また、知っておくと望ましいことは

などです。もっといろいろなことを勉強しておくと、どこかでつながってきます

5. 指導した大学院生

1999年に博士を取得した奥村昌司さん(現研究員)は、パンルヴェ方程式と微分幾何の関係について研究しています。博士論文では、対称性がある場合のアインシュタイン方程式がパンルヴェ方程式に帰着することを使って、パンルヴェ第6方程式の特殊解と対応する4次元の時空の幾何学的性質とを結びつける研究をしました。日本ではこうした研究は少なく奥村君のオリジナルの仕事です。ちなみに、パンルヴェ本人は、当初相対性理論には否定的でしたが、すぐに支持者に回り、政治家としてで忙しい中も相対論に関係する論文を書いています。

2004年修士終了後、博士課程へ進学した金子和雄さんは、40年ほど前に阪大工学部修士課程を卒業した後、長年企業で技術者として勤められた後、退職して再び数学を始められた方です。修士課程ではパンルヴェ第4方程式のモノドロミ可解な解を発見し、その解の性質を調べました。「モノドロミ可解」な解というのは、パンルヴェ方程式が線型方程式のモノドロミ保存変形の方程式として表されることを使って、元の線型方程式のモノドロミ・データが計算可能な特殊解のことです。69歳で初めて数学の論文を発表されました。

2005年修士終了後、博士課程へ進学した松田一秀さんは、A4 型パンルヴェ方程式の有理解を完全に決定しました。現在はさらにシュレジンガー方程式の特殊解を研究しています。


経歴

昭和37年(1962年)生まれ。昭和60年(1985年)京都大学理学部卒業。平成2年(1990)に助手として大阪大学理学部数学教室に採用され、2002年より情報科学研究科に移りましたが、ずっと阪大にいます。1999年から2000年にかけて、大阪大学数学教室と研究提携しているモントリオール大学数学研究所に1年近く滞在しました。モントリオール時代に、数学を研究するとはどういうことか、ようやくわかってきたような気がしています。

数学の橋 2006年にはケンブリッジ大学ニュートン研究所でサマープログラム「The Painleve Equations and Monodromy Problems」を主催することになりました。このサマースクールは私がニュートン研究所に企画案を応募して採択されたもので、組織委員をつとめております。写真は、ケンブリッジの「数学の橋」です。


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