離散構造学講座 大山 陽介(おおやま ようすけ) 昭和37年(1962年)生まれ。昭和60年(1985年)京都大学理学部卒業。平成2年(1990) に助手として大阪大学に採用されて以来、阪大にいます。専門は「完全積分可能系」。 完全積分可能系、あるいは簡単に可積分系といわれる微分方程式は、学部の数学や物理 でははっきりとは教えられていないが、簡単な例として、太陽の周りの惑星の運動や( 重心を固定した)剛体の運動などがあり、解が完全に求まる(非線型)微分方程式をさ す。実用上表れる多くの微分方程式で厳密解が求まるものは少ないが、奇妙なことに厳 密解が求まる方程式はきわめて重要な意味を持つことが多い。現代数学では「可積分系」 がさまざまな形で表れ、はっきりした定義がある対象というよりは、一種の思想を表す もののように感じている。 可積分系はさまざまなルーツを持ち、上で例に挙げた古典力学に表れる方程式がその最 初ではあるが、1960年代ころからソリトン方程式と呼ばれる、非線型波動の方程式の一 群が研究されるようになったのが現代的な起源である。一方で、格子模型や場の量子論 で現れる相関函数がパンルヴェ方程式を満たすことが70年代以降に発見され、ソリトン とは異なる「パンルヴェ方程式」も、解を求めることはできないけれども、広い意味で 可積分的な方程式として認識されるようになってきた。こうしたソリトン方程式やパン ルヴェ方程式は、超幾何方程式やベッセル方程式などの古典的な特殊函数をさらに一般 化した、「現代の特殊函数」と考えることができる。可積分系の研究は、70年代以降、 日本が世界をリードしてきた得意分野であり、私もその中でこうした方程式に興味を持 つようになった。 パンルヴェ方程式はもともとは今から100年程前にフランスの数学者パンルヴェが「動 く特異点を持たない微分方程式」の分類をして見つけたものである。こうした純粋数学 の思考の中で発見されたものが、数理物理で応用例が見つかるまで60年以上を要してし まった。その間、パンルヴェ自身が政治家になってしまった(1917年、25年の2回、フ ランスの首相をつとめた)こともあって、20世紀半ばにはパンルヴェ方程式の研究その ものは廃れてしまった。しかしながら、1973年に格子模型の研究に応用されるようにな ると、数々の応用が見つかり、今では場の量子論の研究など、数理物理学の最先端の研 究には欠かせない方程式の一つになってきており、ここ10年ほど爆発的に研究が進んで いる。数学が世の中に役立つにはとても長い年月が必要になることがあるという一例で ある。 現代のパンルヴェ方程式の研究には、従来の複素解析的な手法だけでなく、代数幾何、 微分幾何といった幾何学的な手法や、表現論などの代数的な手法も欠かせないのが現状 である。いろいろな分野をどんどん学ばなければいけない難しさもある反面、研究をは じめるのにいろいろな登り口があり、自分の得意なところから研究に入れるという一面 もある。また、ある入り口から入って別の出口に出て行くこともできる、数学の結節点 ともいえる分野である。 可積分系にとどまらず微分方程式の研究において、一つの指導原理は「よい函数は微分 方程式で特徴付けることができる」ことである。代数的数を考えることと、その数が満 たす代数的方程式を考えることが、ある意味で同じであるように、函数を考えることと、 その函数を満たす微分方程式を考えることは同じことである、という意味である。こう した考えのもと、90年代半ばには、保型形式とよばれる函数が満たす微分方程式を調べ てきた。最近では、パンルヴェ方程式をさまざまな幾何学的な方法で調べている。 パンルヴェ方程式と幾何の関連に興味をもつようになったのは、奥村昌司(現研究員) が修士課程に入学した頃である。奥村さんは、対称性がある場合のアインシュタイン方 程式がパンルヴェ方程式に帰着することを使って、パンルヴェ方程式の特殊解と対応す る4次元の時空の幾何学的性質とを結びつける研究をしている。日本ではこうした研究 は少なく、奥村君のオリジナルの仕事である。 2002年に新しい修士の院生・金子和雄が入学してきた。金子さんは阪大工学部修士課程 を卒業した後、長年企業で技術者として勤められた後、退職して再び数学を始められた 方です。「歳を取ってから数学を研究することは可能か」という質問をよくされます。 たいへん答えにくい質問ですが、金子さんの将来がそのひとつの答えになるだろうと思 っています。粘り強く計算をされる人なので、パンルヴェ方程式の本来の面である、解 析的なアプローチに立ち返った研究をしていこうと、私も触発されました。 2003年は、ライト兄弟がはじめて飛行機で空を飛んでから100年目です。実は、パンル ヴェはライト兄弟の兄ウィルバーが1908年に渡仏したさいに、ウィルバーの最初の乗客 として1時間ほど空を飛びました。その後、パンルヴェは世界初の航空力学教室を大学 に作ったり、航空省を作ってその初代大臣にもなりました。そうした100年前の努力が、 コンコルドに代表される今のフランスの航空産業の基盤になったと思います。数学者の 努力は、遠い未来に空に向かって羽ばたくものであり、思いもよらぬ成果につながるこ とがしばしばです。