パンルヴェ方程式文献

集中講義とは関係なく、この機会にパンルヴェ方程式について紹介した文献をあげておく。
網羅することは不可能であるが、興味深いものはなるべくとりあげる。

1900年ごろの微分方程式の教科書

「微分方程式」という題の本が書かれるようになったのがいつからかは知らない。 は圧倒的に早い。ブール代数のブールその人である。 もかなり早い。1880年代は、微分方程式の個別の方程式の研究から脱却して 基礎理論が完成されつつある時代である。Forsyth の本は、1914年に第4版が出てほぼ今の形に なった(最後の第6版は今も出版されている)が、そこでも Painleve 方程式には触れていない。 Forsyth の 6巻本のほうは、世紀をまたいでおり、非線型に関する II、III 巻は1899年に 書いたようである。Painleve の分類についてはIII 巻でコメントだけして、この本では 紹介しないと述べてある。
なお、Whittaker "A Course of Modern Analysis" 初版は1902年である(ちなみに、初版は Whittaker のみの単著。第二版1915 以降に弟子の Watson が加わった。なお、第三版1920、第四版1927)。Whittaker-Watson は、ラプラスの方程式などを扱った章はあるものの、基本的に常微分を対象にしている。

フランスでは「解析教程」の部分として微分方程式が書かれることが多く、微分方程式に関する書物の多くは専門的である。たとえば、Painleve のストックホルム講義録 (1897) や、Poincare の "Les Methodes Nouvelles de la Mecanique Celeste" (1905-1910) など。「解析教程」でも、Goursat, Picard などには詳しく微分方程式について述べてある。特に Picard 「解析教程」の3巻には Picard-Vessiot 理論の原型が解説されている。

高木貞治「解析概論」を見ると、明白に Goursat の影響を感じる。高木貞治の意図は、解析を学ぶのに冗長な「解析教程」"Traite d'analyse" 三巻本でなく、一冊の本でまとめたいというものであったそうである。また、三巻本の時代とは異なり、実数論などの厳密な解説をしている。同様に一冊の本で解析入門を著した Hardy の教科書(初版1908、改訂七版1938)も、「解析教程」三巻本同様のゆったりとした導入であり、現行の十版(1952)では、全500ページの本の197ページに Heine-Borel の定理が示されている。「解析概論」が書かれた1930年ごろには世界的にみてもモダンな解析入門であった。

ドイツでは、歴史的な名著

があるが、いわゆる微分方程式の教科書とはいいがたい。全書的なものとして の3巻本が比較的早い。なお、Schlesinger (1922) の初版は 1900 年であるが、1922年の第3版の最後の章には Painleve 方程式がかなり詳しく書かれている。 参考書としてよく引用されるものに、 がある。Painleve の研究についてコメントだけしてある。Bieberbach は戦後も常微分方程式の教科書を 書いているが、それほどパンルヴェ方程式について詳しく述べてはいない。

「常微分方程式」をタイトルにした本になると

が早い。英語では Ince (1927) の本でも早いほうであり、その意味で藤原松三郎 (1930) もすごい本である。 ドイツの初期の本として などもある。

パンルヴェ方程式を紹介した古典的な教科書

結局、Painleve 方程式を単なる名前以上に詳しく紹介した本として、Ince が長らく唯一の英語の本だった ため、初期の Painleve 関係の論文には、Ince が引用されることになった。20世紀初頭の Encyklopadie にも Painleve 方程式は詳しく解説されている。しかし、この部分を書いたのは Painleve ではない。EncyklopadieSchlesinger (1922) が、古典的なテキストの中で Painleve 方程式を解説したものとしては詳しい。

Painleve は Encyklopadie には別の一章「常微分方程式:存在と一意」に関して解説している。 Painleve の書いたこの部分は、Painleve 全集の2巻で仏訳が読める。

Golubev (1941) は、20世紀はじめにパンルヴェの講義を聞いてロシアに持ち帰った人である。本には一章をさいてある。しかし、1912年の総合報告
 On theory of Painleve equations (Russian), Matem. Sb. 28, 323--349
には誤りも見られる(らしい)。

Wittich (1955) は複素函数論的な立場で書いてある。
Davis (1960) には珍しくパンルヴェ函数の数表がある。
Hille の本にも、パンルヴェ方程式に関する記述は見られるものの、さほど詳しくはない。

パンルヴェ方程式に関する現代的な文献

パンルヴェ方程式について、Iwasaki-Kimura-Shimomura-Yoshida (1991) は専門家にとって 必携の本であるが、筆者の興味に特化して Garnier 系の多項式ハミルトニアンや、動かない 確定特異点の周りでの挙動などを扱って、パンルヴェ方程式固有の話は少ない。

パンルヴェ方程式の専門書としては、ロシア語で書かれた Gromak-Lukashevich (1990) が 長らく唯一の本であったが、この本を下敷きにしたと思われる Gromak-Laine-Shimomura が2002年に出た。ベラルーシ学派の仕事をまとめてあるが、それゆえの不満も多々ある。de Gruyter のサイトに行けば、目次などが読める。

Iwasaki-Kimura-Shimomura-YoshidaGromak-Laine-Shimomuraの2冊以外には、全般を書いた本はない。モノドロミ保存変形と漸近展開に詳しい Its-Novokshenovパンルヴェ・テストを解説した Steeb-Euler古典微分幾何への応用を取り上げた Bobenko-Eitner可積分系への応用を扱った Chowdhury などがある。また、Ablowitz-ClarksonMason-Woodhouse にもパンルヴェ方程式に関するまとまった記述がある。

研究会の報告集としては、Levi-WinternitzConteHarnad-Its の3つをあげておく。特に、Conte をみれば、90年代のパンルヴェ方程式の研究が概観できる (Montreal でマッカイからもらった)。現代のパンルヴェ解析が数学のさまざまな分野と関連して発達している様子を見て欲しい。なお、広い意味のパンルヴェ解析では、Montreal 学派の活動が活発である。

パンルヴェ方程式と密接な関係がある問題として、リーマン・ヒルベルト問題(ヒルベルトの第21問題)がある。リーマン・ヒルベルト問題じたいは、さまざまな人(Hilbert、Plemelj、Rohl)によって解決されたが、Bolibruch はリーマン・ヒルベルト問題の設定に隙間があることをみつけ、ある意味での反例を示した。この反例についてはAnosov-Bolibruchに詳細に解説されている。この本の第1章は、リーマン・ヒルベルト問題のよい解説になっています。また、斎藤利弥先生の論説も参照してください。 A.A.Bolibruch は 2003年11月11日に53歳で亡くなられました。たいへん人当たりの良い人物で、来日の機会がなかったのが残念でなりません。


Hilb, E. (1921)
``Nichtlineare Differentialgleichungen im komplexen Gebiet'',
Encyklopadie der Mathematischen Wissenschaften II B, 563--603, Teuber.

Schlesinger L. (1922)
Einfuhrung in die Theorie der gewohnlichen Differentialgleichungen auf funktionentheoretischer Grundlage, Aufl. 3
Gruyter, Berlin.

Ince, E. L. (1926)
Ordinary Differential Equations
Longmans-Green, London.

Golubev, V. V. (1941)
Lectures on the Analytic Theory of Differential Equations (Russian),
Gosudarstv. Izdat. Tehn.-Teor. Lit., Moscow-Leningrad. 2d ed. published in 1950;
Vorlesungen \"uber Differentialgleichungen im Komplexen, (Translated in German)
Hochschulbucher fur Mathematik, Bd. 43 VEB Deutscher Verlag der Wissenschaften, Berlin (1958).

Wittich, H. (1955)
Neuere Untersuchungen \"uber eindeutige analytische Funktionen
Ergebnisse der Mathematik und ihrer Grenzgebiete (N.F.), Heft 8. Springer-Verlag.

Davis, H. T. (1960)
Introduction to Nonlinear Differential and Integral Equations
Constable and Company Ltd., London.

Hille, E. (1976)
Ordinary differential equations in the complex domain.
Pure and Applied Mathematics. Wiley-Interscience.

Hille, E. (1969)
Lectures on ordinary differential equations.
Addison-Wesley.

Its, A. R. and Novokshenov, V. Yu. (1986)
The Isomonodromic Deformation Method in the Theory of Painlev\'e Equations
Lecture Notes in Mathematics 1191 Springer-Verlag.

W.-H. Steeb, N. Euler (1988)
Nonlinear evolution equations and Painleve test
World Scientific,

Gromak, V. I. and Lukashevich, N. A. (1990)
Analytic properties of solutions of Painleve equations (Russian)
Universitet' skoe, Minsk. Universitet'skoe.

Ablowitz, M. J. and Clarkson, P. A. (1991)
Solitons, Nonlinear Evolution Equations and Inverse Scattering,
London Mathematical Society Lecture Note Series, 149,
Cambridge University Press, Cambridge.

edited by Decio Levi, Pavel Winternitz (1992)
Painleve Transcendents: Their Asymptotics and Physical Applications,
Kluwer

Iwasaki, K., Kimura, H., Shimomura, S., Yoshida, M. (1991)
From Gauss to Painleve: A modern theory of special functions
Aspects of Mathematics, E16
Friedr. Vieweg & Sohn.

Anosov, D. V. and Bolibruch, A. A.
The Riemann-Hilbert Problem
Aspects of Mathematics Vol. E 22
Friedr. Vieweg & Sohn.

Mason, L. J. and Woodhouse, N. M. J. (1996)
Twistor Theory, Self-duality, and Integrability,
Oxford University Press, Oxford.

Conte, R. ed. (1999)
The Painleve property. One century later,
CRM Series in Mathematical Physics. Springer-Verlag, New York.

Bobenko, A. I. and Eitner, U. (2000)
Painleve equations in the differential geometry of surfaces,
Lecture Notes in Mathematics, 1753, Springer-Verlag, Berlin.

Chowdhury, A. R. (2000)
Painleve analysis and its applications,
Chapman & Hall/CRC Monographs and Surveys in Pure and Applied Mathematics, 105

Edited by John Harnad and Alexander Its. (2002)
Isomonodromic deformations and applications in physics,
CRM Proceedings & Lecture Notes, 31.

Gromak, V. I., Laine, I. and Shimomura, S. (2002)
Painleve Differential Equations in the Complex Plane
de Gruyter Studies in Mathematics 28


日本語の文献

日本語の微分方程式の本がいつから書かれたのか知らない。前項で述べたブールの翻訳
 伯胡爾 (ブール)著 ; 長澤龜之助譯 「微分方程式」 丸屋善七 : 土屋忠兵衛, (1885.1)
出ている。私の知る限りでは、
 林鶴一, 蓮池良太郎「初等微分方程式」(數學叢書 ; 第25篇) 大倉書店 (1920)
がはやい。
 愛知 敬一、角尾 猛次郎 (スミオ タケジロウ)
  「實用高等數學 : 解析幾何學 微分學 微分方程式 積分學」大日本圖書, (1909.2)
という226ページの本もあるらしいが、私はまだ見ていない。( 「角尾」の読みが間違っておりましたが、2008年4月修正しました。 ご指摘いただいた猛次郎氏のご令孫に感謝いたします。また、 Webcat のデータもこの機会に訂正されることになりました。)
 池田芳郎「微分方程式論」岩波書店 (1927)
 坂井英太郎「微分方程式初歩: 附變分法」(輓近高等数学講座 13.D, 14.D)共立社 (1929)
 伊藤政治「微分方程式の初歩」斯文書院(1929)
もあげておく。

藤原松三郎 (1930) は、「常微分方程式」という題名では最初か? パンルヴェ方程式について 簡単に紹介してある (私、藤原を二冊持っていたけど一冊を坂井くんにあげて しまいました)福原満洲雄・岩波講座と並び、この時代の名著である。福原・岩波講座には、Painleve の分類についても α-method などの突っ込んだ解説がある。彌永昌吉先生は、P Painleve が死去した1933年に ドイツ滞在中であり、ドイツの目から見た政治家 Painleve について紹介された。

そのほか、初期の微分方程式の教科書として
 吉江琢兒「常微分方程式; 変分法」(続輓近高等数学講座) 共立社 (1931)
 吉江琢兒編「初等微分方程式」裳華房 (1937)
 福原滿洲雄「常微分方程式ノ解法II 線型ノ部」(解析數學叢書) 岩波書店 (1941)
 福原滿洲雄「常微分方程式」(岩波全書) 岩波書店 (1950)
をあげておく。福原先生の岩波全書は第二版 (1980) になって、非線型の章が削除されて 不確定特異点の章が追加された。両方見る必要がある。吉江・裳華房はこの時代の学部向き講義の 標準だろうと思われる。

手っ取り早く結論だけ言うと、Painleve 方程式を勉強するなら、藤原福原・岩波講座、福原・岩波全書(新旧とも)は揃えておきたい。加えて、岩波全書の竹内端三「楕円函数」、犬井鉄郎「特殊函数」くらいがあれば、基本的なことはほぼ足りる。古典求積法を知りたければ、吉江・裳華房と福原・解法IIを見ると良い。

藤原松三郎 (1930) には、リカッチ方程式と書かれているが、巻末正誤表に「リッカチ」と訂正してある。 日本に広まった「リカッチ」方程式の初出かもしれない。なお、福原・岩波講座では「りっかち」、 吉江・裳華房では「りかちー」である。
斎藤利弥先生の論説は、Rohl による Riemann 面上の Riemann-Hilbert 問題の解決 (1958) の直後に 書かれたものであるが、1960年という年代を感じさせないすばらしい survey である。


藤原松三郎
常微分方程式論
岩波書店(高等数学叢書), 1930

福原満洲雄
常微分方程式論
岩波書店(岩波講座数学; 4分冊), 1933

彌永昌吉
ぽーる・ぱんるう゛ぇノ死
岩波書店(岩波講座数学; 月報), 1934.

斎藤 利弥
Riemann の問題
数学 12 (1960), 145--159.

岡本 和夫
Fuchs の問題について
函数方程式 25 (1972), 25--57.

岡本 和夫
Painleve の方程式,
数学 32 (1980), 30--43.

神保 道夫・三輪 哲二
τ 函数の理論--モノドロミ不変変形と場の量子論--
数学 32 (1980), 289--307.

木村 俊房・金田 康正 (1985)
2階線形常微分方程式のモノドロミ保存変形に現れた数式処理について
数学 37 (1985), 69--76.

岡本 和夫
パンルヴェ方程式序説 上智大学講究録 19, 1985.

高野 恭一・下村 俊・吉田 節治
Painleve 方程式の動かない特異点について
数学 39 (1987), 289--304.

西岡 啓二
代数的微分方程式の一般解--微分代数入門--
慶応大学セミナーノート 11, 1987.

梅村 浩
Painleve 方程式の既約性について,
数学 40 (1988), 47--61.

梅村 浩
古典数について
数学 41 (1989), 1--15.

木村 弘信
Garnier 系の葉層構造
数学 41 (1989), 223--236.

梅村 浩
Painleve 方程式と古典関数
数学 47 (1995), 341--359;

河合隆裕・竹井義次
特異摂動の代数解析学
岩波書店 (岩波講座現代数学の展開) (1998)

神保道夫
ホロノミック量子場
岩波書店 (岩波講座現代数学の展開) (1998)

梅村 浩
Painleve 方程式の100年
数学 51 (1999), 395--420.

野海 正俊
パンルヴェ方程式 −対称性からの入門−
朝倉書店 (すうがくの風景 4),2000.

野海 正俊-山田 泰彦
Painleve 方程式の対称性
数学 53 (2001), 62--75.

下村俊
Nevanlina 理論の微分方程式への応用
(Rokko Lectures in Mathematics No. 14 )


以下には、啓蒙的な論説をあげる。全て網羅できているとは思えない。
また、数研講究録にも重要なものが多くあるが省略する。
私の数学セミナーでの記事には、パンルヴェに関する与太話をまとめてます。

岡本和夫
パンルヴェの超越関数
月間マセマティクス 1980年7月号「微分方程式」,pp.516-521

岡本和夫
変形理論と場の量子論
科学 (岩波書店) 第50巻 (1980) pp.636-641

伊藤 利明
離散パンルヴェ方程式
数学セミナー 1995年2月号,pp.34-39

渡辺 文彦
パンルヴェ方程式
数理科学 1996年9月号,

岡本和夫
パンルヴェ方程式/既約性の立場からの入門
数学セミナー 1998年9月号,pp.15-19

野海 正俊
パンルヴェ方程式の世界
数学のたのしみ 9 (1998), 101--116.

梶原健司
パンルヴェ方程式の対称性
数学セミナー 1999年2月号,18--21

野海 正俊
パンルヴェ方程式, 特殊多項式, 可積分系
数理科学 2000 年 11 月号, 26-31.

山田 泰彦
パンルヴェ方程式とディンキン図形
数学のたのしみ 23 (2001), 25--34.

大山陽介
初めて空を飛んだ数学者/ポール・パンルヴェ
数学セミナー 2003年12月号, 54--58


最後に、Painleve の一人息子 Jean (1902--1989) の生涯を書いた伝記を紹介しておく。 Jean Painleve は映画製作にたずさわり、特に科学ドキュメンタリ映画で有名である。 水中にカメラを持ち込んで撮影した最初の世代で、タツノオトシゴを撮影したフィルムは 特に名高い。

Edited by Masaki Bellows and Marina McDougall with Brigitte Berg
Science is Fiction: The Films of Jean Painleve
The MIT Press/Brico Press


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