梅村浩氏(名大)集中講義 2007年1月29日〜2月2日

微分ガロア理論とは

代数方程式のガロア理論にあたる変換理論を、微分方程式に対しても構成しようという試みは Lie に始まる。Lie の理論は Killing や E. Cartan らによってLie 群や Lie 環という形で大きな実を結んだ。Lie の本来の目標であった「微分ガロア理論」は Picard Vessiot によって線型常微分方程式に対しては形になったが、非線型方程式に対しては、Drach の理解不可能な大論文のあと、Vessiot の努力にもかかわらず忘れ去られた形となった。

この Drach の理論を横目にしつつ、1902年に P.Painleve は自らからが発見した Painleve 方程式の既約性(既知の函数を使って解けない)を証明したと発表した。この証明は Roger Liouville (有名な Joseph の息子)によって批判を受けた。 1902年から03年にかけて、C.R.Acad.Paris 誌上でくりひろげられた実りのない論争のあと、非線型方程式の既約性の問題が長い間封印されたことはまことに残念である。

1970年代にはいって、Painleve 方程式の研究が活発に行われるようになると、既約性の問題も現代数学の目によって見直されることになった。1980年代前半、この問題の突破口を切り開いた一人が阪大出身の西岡啓二氏(現在慶応大)である。並行して、既知の函数(古典函数)とは何か、現代数学の道具を用いて代数的に厳密に定義し、Painleve 方程式の既約性を証明したのが梅村浩氏である。梅村氏は厳密な定義を与えただけにとどまらず、Painleve 方程式の既約性を証明する手法まで与えた。その後、梅村氏のプログラムを第6までの全ての Painleve 方程式に対して実行したのが渡辺文彦氏であり、1998年までに全ての方程式に対して既約性が証明された。 なお、手前味噌であるが、梅村・渡辺の証明で抜けていた、D7 型第3 Painleve 方程式の既約性の証明を大山が与え、完全に Painleve 方程式の既約性が証明されたことになる。

梅村氏の有限次元ガロア理論は、Picard-Vessiot 理論を真部分集合に含み、Picard-Vessiot では扱えない非線型方程式にも応用できるようにしたものである。また、Kolchin の微分代数ととも関係しており、代数的な立場でいえば、Kolchin の理論を現代的に書き換えたことではるかに見やすい理論になっている。現時点で、有効かつ万人に理解可能な微分ガロア理論は、 Picard-Vessiot 理論と、それを含む梅村理論の二つしか存在しないと言っても過言ではない。

Painleve 方程式は、微分ガロア理論の有用性を示すすぐれた実験場である。Kolchin の理論がさらに展開できなかった理由の一つは、当時は有効な応用例がなく、道具作りばかりが先行したことであろう。Painleve 方程式の既約性の証明(第6方程式の代数解以外の古典解はすべて分類されている。第6方程式の代数解については分類は完成されてはいないものの P.Boalch によるすぐれた研究がある)は「既知の函数とは何か」という基本的な問題に微分ガロア理論を用いて明確に古典函数の定義を与えることで解決された。

それでは古典的でない真に超越的な解に対して、微分ガロア理論でどう扱うかという問題はほとんど手付かずの状態である。梅村氏は無限次元の微分ガロア理論も構成しており、今後の発展が大いに期待できる。海外では、B.Malgrange や G.Casale らによって、Galois groupoid を用いた幾何学的な手法でも研究されている。2006年9月に、G.Casale がニュートン研究所のサマープログラムで発表した「Picard 解の微分ガロア groupoid」は、新たな突破口となるであろう画期的な仕事である。なお、Malgrange の理論も梅村理論と本質的には同値である。微分形式を用いた非線型方程式の研究については、昔阪大にいらっしゃった松田道彦氏による研究もある。それ以外にも、M.Singer らの研究もあるが、Kolchin の理論をさらに一般化した A. Pillay の研究も興味深い。さらに最近では、淡中圏としての立場から研究もある。学生の皆さんには、世界で活発に研究されている最先端の状況を梅村氏の集中講義を聞いて肌で感じて欲しいと思う。

梅村氏は Painleve のストックホルム講義録を解読する中で、古典函数の定義にたどりついた。おそらく、Drach や Vessiot の論文の中にも、今なお多くの宝物が隠されていると思われる。古典をたずねて現代の理論を切り開いていく梅村氏の研究姿勢そのものにも学ぶものが多いと思う。

参考:

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単位数 1単位
担当教員 梅村 浩(名古屋大学多元数理科学研究科・教授)
履修対象 数学専攻・情報基礎数学専攻 前期/後期課程 選択
開講時期 2007年1月29日〜2月2日(集中講義)
場所
目的 微分方程式の代数的理論について進んだ知識を与える
履修条件 常微分方程式と代数学の初歩を理解していること
講義内容 微分方程式においても、代数方程式のガロア理論と同様に解空間の変換理論が考察できる。微分ガロア理論と、そのパンルヴェ方程式への応用を講義する。
成績評価 出席とレポートなどから、総合的に判断する。